敬称に「様」ではなく「さま」を使うべき理由
手紙や年賀状、メール本文の書き出しの宛名で相手が一人である場合、敬称として「様」や「さま」を使うことがある。例えば、「織田様」や「織田さま」といった具合だ。
この宛名の敬称において、漢字の「様」を使うべきか、ひらがなの「さま」を使うべきか悩んだ。調査し検討したところ、以下の結論が得られた。
- 通常の場面ではひらがなの「さま」を使う。
- 公的な場面では漢字の「様」を使う。
以下ではこの理由を説明する。
漢字の「様」にはもともと敬称の意味はない
「様」と「さま」のどちらを使えばいいか調べていると同じ内容の質疑があった。そこでyuhkoh氏による以下の回答があった。
「様(ヨウ)」という漢字は、意味として「ありさま、かたち、すがた」という意味です。
日本語の「さま」には名詞として「ようす、ふう」という意味と、代名詞としての「あなた(いとおしい方の意)」があります。
様を名詞としての「さま」と訓じるのは、漢字「様(ヨウ)」の字義には沿っています。そこから、発音が同じであるために代名詞としての「さま」にも様が使われるようになったのでしょう。
ですから「様」という漢字自体には本来は、敬意、敬称という意味は本来含まれていないので、○○様という使い方は当て字です。
なお、共同通信社『記者ハンドブック 新聞用字用語集』第11版では、同社の記事では様(さま)を用いるのは王様・神様・観音様・殿様・仏様のように「漢字で書く習慣が強い敬称」に対してで、お客さま・奥さま・おひなさま・午前さま・皆さまなどは「なるべく平仮名書き」にされます。
また、皇后さま・皇太子さまなど皇族への敬称も平仮名で表記するように指針が示されています。
に後者の意味を持って用いるようになった。つまり、様という字を敬称として用いるのは、本来の字義からすれば外れた使い方ですが、同じ発音であるから一般化したのでしょう。
この回答から以下のことがわかる。
- 「様」という漢字にはもともと敬称の意味はなく、たまたま発音が同じであるため一般化した。
- 「共同通信社『記者ハンドブック 新聞用字用語集』第11版」において、敬称にはなるべくひらがなである「さま」が推奨されている。
公用文では「殿」ではなく「様」
昭和27年である1952-04-14に当時の文部省の国語審議会により「これからの敬語」という敬語の指針が出されている。そこで、以下のような指針が示されている。
2)「さま(様)」は,あらたまった場合の形,または慣用語に見られるが,主として手紙のあて名に使う。
将来は,公用文の「殿」も「様」に統一されることが望ましい。
このことから以下のことが推奨されていることがわかる。
- さま(様)という敬称は、主に手紙の宛名に使う。
- 公用文では「殿」ではなく「様」を敬称として使う。
なお、「これからの敬語」は1952年に出されており、半世紀以上も昔であり有効性が疑われる。しかし、以下でazuki24氏が言及しているとおり、敬語の指針の更新は行われておらず現在も有効のようだ。
昭和27年の『これからの敬語』は半世紀も経って現状にそぐわない点もあります。
平成5~7年の第20期国語審議会でも議論されたようですが、「敬語の問題」と経過報告にあるだけで、まとまったものは出ていません。したがって、今のところ昭和27年の建議が唯一の公式な敬語法ということになります。
結論
以上のことから、冒頭に示した以下の結論が導き出された。
- 通常の場面ではひらがなの「さま」を使う。
- 公的な場面では漢字の「様」を使う。
この結論の理由は以下3点である。
- 「様」という漢字にはもともと敬称の意味はない。
- 「共同通信社『記者ハンドブック 新聞用字用語集』第11版」において、敬称にはなるべくひらがなである「さま」が推奨されている。
- 1952年(昭和27年)の「敬語の指針」において、さま(様)という敬称は、主に手紙の宛名に使い、公用文では「殿」ではなく「様」を敬称として使うことが推奨されている。
個人的にも、敬称としてはひらがなの「さま」のほうがよいと思っている。漢字の「様」を使うことで、文章に漢字が増え以下の欠点がある。
- 文面において黒色の割合が増えて可読性が悪くなる。
- 文章が硬い印象になり読んでいて疲れる。
現実としては手紙やメールの宛名で漢字の「様」が広く使われている。敬称にひらがなの「さま」を用いると、相手によっては幼稚であったり、失礼だと思われるかもしれない。状況に応じて使うのがよいだろう。
しかし、繰り返しになるが漢字の「様」にはもともと敬称の意味はなく、単なる当て字である。これを敬称の意味で用いるのは間違った日本語になりえる。公的な文書を除き、できるかぎりひらがなの「さま」を敬称に用いるべきだろう。
説得力の高い理由
2017-04-11にTogetterのコメント欄で,敬称に「さま」を使ったほうがよいという,より説得力の高い意見をいただいたので紹介する。
メールだと、相手の苗字も漢字、様も漢字で、漢字に漢字くっついて読みにくくなる。 苗字が一文字だったり、最後の漢字に様がつくと熟語になってしまうものだったり、あるいは様そのものが苗字に使われていたりすると、たとえ空白を空けても違和感が残る。 そんな状況だけ例外的にひらがなにするのは変だと思い、毎回ひらがなにしている。
確かに,「羽様(はさま)」のように,苗字に様があったり,「大多」のように様をつけると「多様」という別の熟語になってしまい具合が悪い。こうした問題を避ける上でも敬称には漢字の「様」ではなく,ひらがなの「さま」を使ったほうが妥当だろう。
皇族の敬称
TwitterやTogetter,Quoraでも質問があったため,関連する内容として,テレビのテロップなどで天皇などの皇族の敬称に「様」ではなく「さま」と書かれている理由についても紹介しておく。
まず,皇族の正式な敬称としては,天皇系は「陛下」,天皇系以外の皇族は「殿下」と,皇室典範の第四章の第二十三条に記載がある。
第四章 成年、敬称、即位の礼、大喪の礼、皇統譜及び陵墓
第二十二条 天皇、皇太子及び皇太孫の成年は、十八年とする。
第二十三条 天皇、皇后、太皇太后及び皇太后の敬称は、陛下とする。
○2 前項の皇族以外の皇族の敬称は、殿下とする。
また,冒頭で引用した「記者ハンドブック」にも皇室用語の表記方法の記載がある。
2 皇室に対する敬称として皇室典範は天皇、皇后、皇太后、太皇太后は「陛下」、それ以外の皇族は「殿下」とすると定めているが、記事上、「陛下」は天皇だけに使う。天皇、皇后と併記する際は「両陛下」とする。「殿下」はできるだけ使用せず、皇后や皇太子など皇族は「さま」を使う。夫婦や家族単位で主語になる際は敬称を省いて「ご夫妻」「ご一家」などとする。「皇太子さご夫妻」とはしない。
「陛下」の敬称は天皇だけに使い,それ以外の皇族の敬称は「さま」を推奨している。
この理由については,Yahoo知恵袋のpro********氏の回答が参考になる。
あるHPにNHKからの回答がありましたので、抜粋します。1項は電話での回答2項は文書での回答
1.親しみやすさをということで、(ご今上以外は)平仮名で『さま』とお呼びしていることにしています。
2.皇室への敬語については、昭和22年に、宮内庁と報道機関との間で「これからは普通の言葉の範囲内で最上級の敬語を使う」ことで、基本的な了解が成立しています。また、昭和27年の国語審議会の「これからの敬語」という答申にも同様の考え方が盛り込まれ、これがマスコミの基本方針となって現在も続いています。
ただ、戦後半世紀を過ぎ、日本人の敬語に対する考え方、皇室報道が大きく変化してきていることを踏まえ、NHKは皇室への敬語については、できるだけ平易で簡潔であることを基本的な考え方として、親しみのある敬語を使用しています。
使用にあたっては、敬称も含めて、耳から入るメディアの特性を考慮し、耳障りでない、違和感のない表現になるように心がけています。具体的には、ニュースなどでは、皇族の方々への敬称は、原則として、「さま」を使っています。
ニュースなどのメディアでは,親しみを込めてできるだけ「さま」を使う方針のようだ。
発端
敬称の「様」と「さま」のどちらを使うべきかという問題は、もともと2014-04-04に社会人になりたての頃にメールの書き方などの指導に疑問を持ち調べた。そのとき調べた内容はGoogle+に投稿 (リンク切れ) しており、既にそのときにひらがなの「さま」を使うべきという結論で納得していた。
2016-01-01に年賀状がきたため、それに返事を出すために宛名の敬称に「さま」として年賀状を書いた。それを家族にポストへの投函をお願いしたところ、家族全員から敬称にひらがなの「さま」を使っていることに対して批判を受けた。
既に得ていた結論で全ての場合において敬称にはひらがなの「さま」を 使うことが正しいと反論した。すると、納得されず実家の本棚にあった「他人に聞けない文書の書き方―始末書から退職願まで」のp. 52から「これからの敬語」を引用してきて反論された。
「これからの敬語」の存在は知らなかったので勉強になった。
この一連のやりとりはTwitter上で自分一人でなされ、参考になったのでTogetter (敬称の「様」と「さま」はどちらが正しいか? – Togetter) でまとめた。
たまたまトゥギャッターまとめ編集部(@tg_editor)に取り上げられ、比較的多くの人の目につき反響があった。
このような経緯があり、せっかくなのでブログ記事にもきちんとした文章としてまとめておこうと思い投稿した。
Quora (なぜニュースなどの字幕では皇族の方のお名前の後ろに漢字の「様」ではなくひらがなの「さま」なのですか? – Quora) でこの記事が引用されていたため,皇族の敬称について情報を追加し,目次を付けたりした。
会社で年賀状を出す時、例えば「戦国時代株式会社 代表取締役 織田信長さま」(毛筆縦書き)と出すべきってことなんでしょうか。
「さま」で問題ないと思っています。
さまを正当化させる文章だと感じた。
様を正当化させる文章だと感じた
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どちらが読みやすいか?
人の名前の次の様は半角スペースを空けますから
苗字に様が続いてもわかります。
とても読みやすかったです。
私は「様」できたら「様」で返しています(「さま」も同様)。
これからは「さま」に統一しようかな。
もともと「様」には敬称の意味はないとされていますが,敬意の意味を付加したものです。江戸時代の『貞丈雑記』には「人を直接指して言うのをはばかって『方向』の意味を表す『様』を付けて敬意を表したもの」とあります(『言葉に関する問答集』文化庁)。また,「現在、『様』は、最も一般的な敬称として、地位の上下、男女の区別もなく、広く用いられている」(同『言葉に関する問答集』)とあります。
共同通信のハンドブックはあくまで共同通信の見解に過ぎない。また,紙面が黒くなり可読性が悪い。硬い感じがするなどは個人的な感想であり,人によって千差万別。姓に「様」がある場合に読みにくい,誤読するなどは極々稀なこと。その時々に対処すればよいだけ。「様」「さま」どちらがよいかというのは人夫々が自分の基準を持っていればよいだけのこと。