退職報告: 株式会社GOOYA | 若さよりも知性が重要なことを痛感した1.5年

2018-04-09 Monから約1.5年勤務した株式会社GOOYAを2019-09-30に退職したので,退職報告を記す。

いろいろ手続きなどがあり,2020-02-04 Tueでの記事作成となった。今まで退職報告は面倒だったので書いていなかったのだが,時間ができたのもあり自分史の一環として書くことにした。

入社経緯

2018年02月からさらにC++の技能を磨くために転職活動をしていた。ゲーム系企業を中心に受験していた際に,最初に受験して1回の面談で内定をもらったのがこの会社だった。

社員の平均年齢が30歳程度と若い会社で,何よりも募集要項にQMLを使った仕事を募集していたので,ここに強く惹かれて入社を決めた。残念ながら,当時の転職活動では他の企業の選考がうまく進まなかったという事情もあった。

この会社で入社は3社目となる。これまでの会社は従業員の平均年齢が30代後半と年齢層が高く,柔軟性や風通しの悪い社風だった。歳を重ねることで頭が固くなって元気もなくなるのかと考えていたため,若い人が多いということはそれだけで期待できる指標だった。

会社の情報としては,2004年10月設立の若い企業で,当時の従業員数は80名程度だった。2019年時点では200人程度だった。事業内容として,受託開発とITエンジニア派遣を扱っている。ITエンジニア派遣を行っているビジネスソリューション部での採用となった。受託開発もやっているが,派遣事業のほうがメインの会社だった。

入社後に知ったことだが,このITエンジニア派遣という業態はSES (System Engineering Service) というもので,IT業界では昔から行われているらしい。そして,SESがメインの会社をSES企業と呼ぶようだ。

この業態は初めてであり,求人票だけではSES企業の判断は難しい。会社ホームページに派遣や常駐というキーワードがあれば,まず間違いなくSES企業と思っていい。

業務内容

2018-04-09 Monが初出勤日だった。3月半ばに入社意思を固めて,入社前の3月末に本社でオリエンテーションを受けた。その後,担当営業と共に勤務先の現場を2-3箇所回って面談し,勤務場所を決めた。

武蔵小杉駅近くのNEC通信システム社での勤務だった。勤務先は大きな会社でこの中で多数のプロジェクトが進められている中の1プロジェクトの中で作業していた。レガシーなC90の保守・機能開発業務だった。

こちらの現場は2018年12月いっぱいで契約期限満了に伴い退場となった。NEC通信システムでの仕事の様子はこちらの「 新卒で入社したNEC通信システム株式会社を退職しました – 意識低い系会社員」でも伺うことができる。

2019年1月からはアイティアクセス社で車載搭載機向けの組み込みブラウザ移植開発に従事した。こちらは2019年12月まで丁度1年間,プロジェクトの開始からほぼ終了まで参加した。

Access社が開発しているNetFrontBrowserという組み込み開発の分野ではデファクトスタンダードのブラウザー製品があり,下請けとしてNetFrontBrowserを顧客の対象製品環境へ移植する業務だった。ベースのNetFrontBrowserがOSSのブラウザーのChromiumをベースにしており,C++を用いた比較的高度な内容の業務だった。

その中で自分は,マルチメディア処理 (動画・音声) 機能担当として,GStreamerを用いた動画再生機能の設計,実装,試験を担当した。このGStreamerというライブラリーがなかなかくせがあり,よくわからない不具合や挙動と遭遇し,インターネットで調べても情報がなく,自分にとってはチャレンジングな業務だった。

業務に携わる中,2018年の年末と2019年年始にはIoTのハッカソンとIoTのビジネスアイデアコンテストに自分から自発的に名乗り上げて参加し,共にD-☆の名義で入賞をはたした。

動機

退職に至った理由はいくつかあるので説明する。

給与交渉決裂

今回の退職の直接の理由は給与交渉決裂だ。2018年4月に入社したので,2019年4月から入社2年目となる。1989年生まれで2019年で30歳になったところだ。これまで金額の大小はあるものの毎年少しずつ給与が昇給していた。それがGOOYAで初めて止まった。

昇給なしというのは,入社前と入社後の1年で何も違いがないという会社の判断となる。さすがに,入社して1年間で自分の成長が一切ないというわけが ない。ベースの給与が高いわけではないので,1年間真面目に会社を辞めずに勤務しただけでも,十分昇給に値するとすら思っていた。しかし,それすらなかった。

4月以降も半年ほどかけて粘り強く交渉し,退職を条件に交渉をかけても,GOOYAは一切譲らなかった。大金がほしいわけではなく,日々の労働の頑張りとして,わずかでも昇給があれば退職するつもりはなかった。しかし,それすらなかった。給与交渉の条件に退職まで掲示した以上,退職するのが順当であり,このような状況で在籍していてもお互いいいことはないので退職した。

現場での高評価,資格の取得,ハッカソン,ビジネスコンテストの入賞,後述する社内制度の不備の改善など評価可能な成果をいくつも出したつもりだったが,現場単価の上昇や,現場に自社経由のメンバーを増員など,直接的な売上に貢献がないと昇給を認めない強硬な姿勢だった。

求人票と異なる仕事内容

退職の直接の理由は給与交渉の決裂だった。しかし,入社直後から不満を数多く感じていた。まず,第1に一番重要な仕事だ。元々,C++やQtや QMLの仕事ができることを目当てに入社したのだが,結局Qt/QMLの仕事は回してもらえなかった。それ以上に,最初のNEC通信システムの現場では C++ですらなかった。先に掲示した退職ブログ「新卒で入社したNEC通信システム株式会社を退職しました – 意識低い系会社員」と同じようなことを感じ,現場に入場して即この現場はダメだなと感じ,早期の退場を希望した。

しかし,契約期間があり,6月の契約更新のタイミングで担当営業の勝手な判断により年末まで契約期間を延長され退場できなかった。牢獄に放り込まれた苦行の9か月だった。GOOYAの入社試験受験時の求人票にはきれいなことが書いてあったが,実際とは全然違った。

2019年1月からのアイティアクセス社での仕事は良かったが,それでも自分が満足できる水準ではなかった。

その他,当時の求人票はWebページを手元に保存しているのだが,雇用形態も応募時の求人票に記載のあった正社員と異なっており,契約社員での入社だった。入社後半年間が試用期間というのはどこの企業でもある制度なので,最初契約社員というのは特に問題なかった。

大きな問題でも起こさない限り,求人票には雇用形態が正社員とあったので,半年後には自動的に正社員になるだろうと思っていた。しかし,実態は違った。幹部社員と面談し,面談で合格した場合にだけ正社員登用になると入社して半年後に初めて知った。

そして面談したのだが,仕事内容や社内統制で不満を抱えており,そのことも相談したのだが,それが気に入らなかったのか,正社員登用を辞退された。どうやら,「今の労働形態であれば所属企業が変わるだけで仕事内容も一切違いがないので,GOOYAにいてもいなくても違いがない」と話したのが気に障ったらしい。

定量的で明確な基準もなく,幹部の裁量次第の昇給・昇進制度だった。

社内統制

もう一つ致命的だったのが,社内統制だ。まず,会社のメイン事業であるITエンジニア派遣を担当しているビジネス・ソリューション部は,現場で働くITエンジニアではなく営業マンが主役の部門だった。実際,役職をみても営業マンが一番大きな権力を持っている。現場で働く稼ぎ頭のITエンジニアの地位が低い時点でお察しなのだが,社内行事や会社規則もITエンジニアではなくブラック企業上がりの営業マンが考えたものになっている。

特に顕著だったのは,夏季休暇と年末年始休暇の有休強制消化だった。有休というのは労働者の基本権利であり,労働者の好きなタイミングで取得できる ものだ。それが,会社の規則で夏季休暇や年末年始 (12/31と1/1以外) に強制的に毎年5日間消化させられた。有休の計画年休という仕組みで,従業員代表者と労使契約を締結することで実現可能な制度だった。

普通の一般企業で休日に有休を割り当てて強制的に有休を消化させるなんてありえない。夏期休暇は我慢したが,さすがに年末年始での有休の強制消化は我慢できずブチ切れた。改善しないならば裁判まで起こすつもりで何か月もかけあって,最終的に就業規則を改訂してもらい年末年始の有休消化はなくなった。ただし,夏期休暇での有休消化は継続だ。

社内統制に関して,社内でのコミュニケーションの不足を入社当時から感じていた。そこで,営業やCTOにITエンジニア向けのチャットグループを作ってはどうかとかけあった。これも入社翌月の5月から2か月ほど粘ったのだが,まともにかけあってもらえず却下された。

台湾人か中国人のCTOはCygames社のプロジェクトリーダー出身とのことだったので組織づくりに期待していたのだが,メールの返信すらなく,まともにコミュニケーションが取れず話にすらならなかった。

しかたないから,個人的に有志に声をかけあって社外Slackでグループを作ったのだが,これが全然だめだった。ITリテラシーがないのか,ほとんどメッセージのやり取りがなく反応が悪かった。1年間毎週話題を提供してグループメンバーを10人程度にまで増やせたものの,全く満足いくものにはできなかった。

会社の方針なのか,新規採用社員もIT業界未経験者やエントリーレベルの人をかき集めているようで,全体的に知性も技能もレベルが低かった。

今後

入社時は社員が若いことに期待していた。しかし,いざ入社してみると,社内統制の問題や,従業員の知性の低さを痛感してしまった。

知的レベル感が違い過ぎで,まともにコミュニケーションが取れなかったように感じてしまった。投稿タイトルに書いた通り,「若さよりも知性が重要なことを痛感した1.5年」だった。自分より頭の悪い人の下で二度と働かないと心に誓った。

2019年時点では,IT業界未経験者などロースキルの人にとってはうってつけの会社だ。しかし,大学院卒など知性の高い人,技術レベルの高い人には全くおすすめできない会社だった。

この会社での経験を経て,SESという業態に不信感をもってしまった。SESの本質は派遣と同じなので,いっそのこと個人事業主で業務委託契約で仕事をしたほうが裁量も報酬も大きい。会社を見るときに,派遣や常駐という言葉に気をつけるようになった。

9月で退職し,10月からは個人事業主となった。2019年の年内は迷惑をかけるのが忍びないのでプロジェクト終了まで同じ現場で雇用形態だけが変わって就労を継続した。

2020年1月からは仕事を辞めて,次のいい仕事を取るために半年ほど家で勉強することにした。

大学院を修了してから外ればかりを引き続けて,30歳になってしまった。高学歴プアーみたいなものか。一度はまった沼からの脱出は難しいことを痛感している。もっとも,就職なんて他人の影響をもろ受ける就労形態を取る以上,周りの影響を強く受ける。いっそのこと起業して自分で制御できたほうがいいだろうとも感じる。

退職によりまた自分の転機が訪れたので,この機会にゆっくり次の策を練り,沼からの脱出をはかりたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です